
広大な沃野と交易に賑わう内海を擁し、永きにわたる繁栄の歴史を紡いできたアルマデル王国。豊穣と安寧の女神から惜しみない祝福を注がれ、悠久の平穏を約束されていたはずのその治世は、あまりにも無常すぎる終焉を迎えた。
北方の山岳地帯の狭間、うっそうと生い茂る樹海の闇に抱かれた小国が、闇夜をついて突如侵攻を開始したのだ。
エリニュス教国。閉鎖的な独自の文化が支配すると云われる、謎に包まれた国家である。いにしえの血なまぐさい秘儀、妖術を脈々といまに伝えるとも、あるいは艶めかしくもおぞましい邪教淫祠を信仰するとも噂され、エリニュスの名を口にするとき、あるものは得体の知れない恐怖と嫌悪にふるえ、あるものは胸の奥に密かな魅惑を覚えるのだった。
そして、その噂が真実であったことを、アルマデルの民は身をもって知ることとなった。
国境の砦を踏み荒らし、警備兵を蹴散らしてゆくのは、半獣人や巨獣、そして黒衣の魔導師らによって組織された、文字どおりの異形の軍勢である。想像を絶する攻撃を前に、屈強で知られるアルマデルの正規軍は、その実直と正道を重んじる気風ゆえに戸惑い、遅れをとり、たやすく翻弄されて、為すすべなく打ち倒されていった。
輝かしい王都の街並が、侵略軍の手によって容赦なく蹂躙されてゆく。やがてその略奪の手は、ついに街の中心部、天空を貫いてそびえ立つ月光宮にまで及んだ。大陸随一の美しさと謳われた白銀に輝くしなやかなフォルムを、禍々しい黒煙が染めてゆく。まさしくそれは、苦悶に身をよじる王国の断末魔の叫びだった。
歴史の常であるように、男は殺され女子供は捕らえられた。王族や重臣らも例外ではない。中でも若く美しい高貴な娘たちは、魔導師に直接選別され、別の馬車で護送されてゆくようだ。王宮のそこかしこで、引き離される親子の悲痛な叫びが響いていた。
一時は隠し通路から脱出し難を逃れた、アイシャ王妃とその愛娘、フィオナ姫も、鼻の利く怪物を従えた魔導師らの執拗な追跡によってついに炙り出され、いまや無残な虜囚と成り果てていた。二人の身体はことのほか丁重に扱われた。内装一面に柔らかなクッションが敷き詰められた特別仕立ての馬車に乗せられ、エリニュスの王都へと運び込まれたのは、侵攻からわずか十数時間後の夕刻のことである。
アルマデルの月光宮とは真逆の、漆黒の輝きに満ちた異様を誇る、エリニュスの黒曜宮。その玉座の間に引っ立てられたやんごとなき虜囚たちを、妖艶な婦人が悠然と見下ろす。
「ふふ…、噂にたがわぬ美しさね。わざわざ大軍を投入してまで、手に入れた甲斐があったというもの」
強烈な威圧感を全身からこれでもかと滲ませた、まごうことなき女帝のたたずまいである。その脇に、小悪魔じみた悪戯な微笑をたたえる、うら若い少女が控えている。
「ようこそ、わが黒曜宮に。私はエリニュスの統治者、セレス。そしてこちらは娘のジュジュよ。あなたたちの来訪を心より歓迎するわ、アイシャ王妃に、フィオナ姫」
エリニュス教国こそは、あらゆる古今の秘蹟と呪術、闇の知識に通じた魔女が統治する女系国家であり、アルマデル侵攻も女王セレスみずからが指揮したものであった。